「ソフィーの世界」の著者、ヨースタイン・ゴルデルの「オレンジガール」。
11年前に死んでしまった父親からの手紙を読む息子の話って書くとそれまでだけど、そうとしか言えない。
オレンジガールはだれ?とかどうしてそんなに悩んじゃうの?とかを味わいながら、最後の結末まで一気に読む。
ネタバレは止めるけど、ちょっとイイ文章があったので、メモしておこう。
ジャーナリストと両親が似ている点は、どっちも好奇心が旺盛なところだ。そして、政治家と子どもが似ているのは、どっちもよく、簡単には答えられないビミョウな質問をされること。
イタリア・オペラにはたいして興味がない。あまりにもメロドラマ的だからだ。『ラ・ボエーム』だって例外じゃない。あれは恋愛と結核の、ほかに類を見ない幸福な混合物だ。
「いままさにすべてが創られようとしている約百五十億年まえに、きみがこの物語の入り口に立っているところを、ちょっと想像してごらん」と父は書いていた。「そのとき、きみは自分がいつかこの惑星に生まれるか生まれないかを、自分で選ぶことができるんだ。どの時代に生まれるかはわからない。どれくらい長く生きられるのかもわからない。でも、とにかく、しばらくのあいだは生きられるものとする。ただし、ひとつだけ知っておかなければいけないことがある。それはーーーもしもきみが、機が熟して、あるいは聖書のことばで言えば『時満ちて』、この世に生まれることを選んだとしたら、そのときは、いつかまた、すべてをあとに残してこの世から去ることも覚悟しておかなければいけない、ということだ」
「死ぬ」とは何か?を教えるのには、舞台設定は完璧。だけど、イキモノとしての人間の世代が繋がっていくということに気付かせるという風でも無い。表面的には、だけど。輪廻転生が、ある意味刷り込まれている人にはちょっと、理解し難いかも。でも、最後のほうでオレンジガールの謎が解けるところ辺りはグッと来た。
15歳の息子にこんな風に手紙残せるかなぁ?と我が身を振り返ったけど無理無理って。でも、たった今、もしも自分が死んでしまったら、こういうVoxの文章も後々に息子が読んだりするんだろうか?「オヤジ、バッカじゃないの?」とか言われそう。でもしょうが無い。バッカなんだもん。
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