いや、もうね、久しぶりにブログを書こうと思ったのはほかでもない。次のスゴ本オフの課題図書、漱石センセイの「こころ」を読んでみてですね、あー、コレはナニか、少年が恋に悩むのをなんか「私」と「先生」と「K」で順番にアレコレする物語なんだなとは思うんですが、決定的にアカントコがあるわけです。
もうこの「先生」っていう奴が徹底的に嫌なヤツに見えて仕方ない。それと、あの終わり方は何だよ!「俺は策略で勝っても人間としては負けたのだ」とかのなんか美味しいセリフはおいておいて、あの遺書の終わりでそのあと何にも書かないのはどういうことよ!って思ってしまったのです。これが朝日新聞に連載されたんだとしたらその当時の世の中っていうのは随分と呑気でイノセントな空気だったんじゃないかと。「え?これで終わり?ナニソレ、聞いてないよ!」っていう反応が無かったかどうかはさすがに調べられないけども。
最後の観賞というあとがきで吉永みち子さんが書いてる通り、「先生は結局、自分だけしか愛せない人なのだろう」というのが正直な感想で、あー、この嫌な感じはどっかで読んだことあるなーと思ったら、何故か出てきたのは東野圭吾の「容疑者Xの献身」だった。
設定も何もかも違うんだけど、嫌なヤツが出てくるっていう意味ではワタクシ的にはおんなじだ。容疑者~のほうは例の奥さんのほうね。もうあの読後感の悪さったら。
ということで久しぶりにブログ書いて嫌な話書くのもこれぐらいにしておきます。
さぁ、次はベビメタ幕張ライブだ!(コレでアゲないとやってられないw
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