タイトルに引かれて借りてみたら、何のことは無い、とある小説家のエッセイ集だった。
ま、きっとこの人の小説のファンなら、面白かったのかもしれない。でも、たった一つだけ新幹線の中で号泣しそうになった話がある。
「君のためにできること」というほんの4ぺージの話。
妻である将棋棋士のところにメールが届く。9歳の子どもの父親から子どもがファンなのでサインをくれと。彼女は、父親ではなく本人からの手紙が欲しい、ということで手紙のやり取りがはじまる。
その男の子は不治の病に冒されて、余命いくばくも無い。それでも彼女に手紙を書く。
「おとうさんから高橋先生もこどものときにこうつうじこでたいへんだったとききました。まだいたいですか。いたくならないようにおいのりしています。」
作者の妻は、4歳のときに交通事故にあって左足を切断寸前と言う重傷を負ったことを、この子は知っている。だから手紙の最後はいつも
「高橋先生のあしがいたくならないようにおいのりしています。」
で終わる。そんな彼から、最後の手紙が届く。
「いたいです。くるしいです。」と書かれている言葉になんと答えればいいのだろう。少年は末期癌の苦しみの中で、必死に手紙をしたためているのである。「おてがみうれしかったです。いつまでもいつまでもおともだちでいてください。」とまるで泣き叫ぶような字で書かれてある。憧れる人に何とか自分の気持ちを伝えたい。いつまでも、いつまでもおともだちでいてください、その純粋な気持ちを。
そして最後にはまた一際大きな字で「高橋先生のあしがいたくならないようにおいのりをしています。」と締めくくられてあった。
そしてその手紙の数日後に亡くなってしまう。彼の父親から手紙が届く。
「あまりにもかわいそうに思った神様が、息子に、最後の恋をさせてやってくれたのだと思います」と父親から手紙が届いた。そして「病気の苦しさをどれぐらい紛らわしてくれたことか」と感謝の気持ちが綴られてあった。少年から初めて手紙をもらってからわずか三ヶ月。少年は亡くなる前日まで、妻の足が痛くなることのないように祈っていてくれたそうである。
これを読んで、手で書いた手紙ってのもいいもんだなと思った。
[いいですね]
その4ページ、なんて切なく、やさしくて、愛に思いやりに溢れてるんだろうね。手紙というのは、筆者が送る人への気持ちを文字として放出している素敵なエネルギーがこめられてある世界にひとつのものだと思う。最近はメールが多いから、余計に手書きのよさを感じるね。
投稿情報: chubby | 2006/12/22 03:14
手紙というものが、全ての文章の基本だとわたしは考えています。
聖書然り、全て文章は何かのメッセージを持っており、
他者に届くための心の鏡なのです。
しかし、文面から筆者の真意を読み取ることは、非常に難しいことです。
だから、他者の気持ちを理解しようとする、その心だけは持ち続けていきたいと思っています。
投稿情報: nobuki | 2006/12/23 22:29